東武鉄道 1984
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 東武動物公園(だと思う)に停車中の2000系です。
 営団日比谷線との相互乗り入れ用に作られた車両で、窓が大きく個人的には好きな車両でした。営団、東急との3社協定で他の車両より床面高さが低く、屋根の高さも抑えられていたためちょっと異彩を放つデザインになっていました。
 おぼろげな記憶によると、8000系よりも加速がよく、最高速度もなんだか速かったような記憶があります。うんちゃんがそーゆー人だっただけかな?

 日光行きの快速を待っていたら、やってきました7800系。いや、本当は7860とか似た車両なのかも……。7300はグローブベンチレーターと先輩に教わったけれど、資料をなにも持っていないので定かじゃありません……。
 国鉄80系電車のようなベンチレーターが並び、換気は東急車よりもすごくよさそう。もし戦前に東急が20m車の運行をしていたら、東急にもこんな車両が走っていたんでしょうね(大東急がとかいうツッコミはナシね)。



 坂戸機関区で休む機関車たちです。凸型の車体も見え、まだ貨物輸送が元気な時代だったと推測されます。国鉄が貨物営業を縮小したあたりから東武も貨物が減り始めたようで、1987年には千住貨物線が廃止というから、それでもけっこう営業努力をしていたのかな。
 今では4両だけだそうで、重連でタンク車を平日のみ3往復(運用としては1運用)するのみのようです。しかし東武さんも貨物のダイヤをWebページで公表するなんて、粋だなぁ。

 東武熊谷線で使用していたDC2000系です。熊谷線は廃止された後なわけで、なんのためだか知らないけれど1両だけ留置されてしました。
 左端にちょこっと写っているのは緩急車、列車車掌が乗務して後方確認とかしていたようです。今さらですが、ちゃんと撮っておけばと悔やんでます……。

その後、快速に乗り日光へ。
田畑のなかを走り、午後3時くらいに着いたのかな、
すぐ折り返しの列車に乗り込み、すぐ爆睡して
気づいたら北千住……。

そんな思い出がテキスト書きながら思い出されます。

作成:2001/11/6


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