1987年8月、友人と四国に初上陸した時の一コマです。
この年はまだ瀬戸大橋が開通しておらず、寝台特急あさかぜのカルテットに乗って
岩国から松山へとフェリーの旅。旅人にとーっても親切でない駅員さん達にほんろうされながら、
なんカットか当時の伊予鉄道を記録しました。
予備知識無く行ったものですから、まさか元東急の車両がいたなんて……。
リバーサルフィルムを覗き込みながら、いくつかご紹介しましょう。

さて、古町の車庫での写真を紹介。
上の写真は121ほかが体を休めている古町の車庫。
軌道線の車両も見えますね。そして、当時京王から5000系→伊予鉄700系が搬入され、
その準備〜世代交代〜という時でした。
 奥の元京王車は搬入間もない761です。非冷房のまま入線したんですね。 京王5000系は私の好きな車両で、これを追うのにちょうど良いタイミングだったのを記憶しています。 撮影時点では営業運転についておらず、Hゴムも灰色、車体もまだピカピカでした。

 上の写真を右にパンしたカット。車両は111号です。112-411-111という編成を組んでいるうちの両運転台車で、珍しく貫通側の顔が出ていた、なんてことは知らずにシャッターを押していました(^_^;)
 でも、増解結の運用があったわけで、珍しくはないかも。反対側は非貫通、元西武の電車で1928年生だとか。おわん形のベンチレーターが時代を感じさせますね。

 このテキストを書いている2001/7現在も、古町の車庫で車籍を抜いた上で保存されている601です。601-602-603の3両編成で601と602は自社発注車。初のカルダン駆動だとかで保存(今のところただの放置……)となったそうです。
 センターに運転台があるのもこの鉄道の特徴でしたね。とても暑い日で、前面の開く窓がとってもありがたく感じました。



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